☲入試の極意 鎌倉と室町の比較で学ぶ経済と社会
鎌倉
室町
☆ 農業…二毛作開始(畿内・西国)裏作は麦⇔三毛作開始、二毛作普及。
裏作➡麦、そば
商品作物栽培…【楮】(和紙)【荏胡麻】(灯油)【藍】(染料)
牛馬耕の進展(←『松崎天神縁起絵巻』)
☆ 肥料…刈敷、草木灰 ⇒刈敷、草木灰、下肥
☆ 定期市…三斎市(月3回) ⇔【六斎市】 (応仁の乱後)
※備前国福岡市(岡山県)(←『一遍上人絵伝』)は絶対!
☆ 常設店…見世棚登場 ⇒ 見世棚増加
☆ 交通要地…問丸=貸倉庫、委託販売 ⇔問屋=卸売
☆ 陸上運送 ➡馬借、車借
(近江坂本の馬借一揆→正長の土一揆)
☆ 金融業者…借上 ⇔土倉、酒屋
(高利貸し)
☆ 貨幣…宋銭 ⇔明銭(永楽通宝)
☆ 遠隔地の決済…為替 ⇒為替普及
惣領制 正誤問題
□惣領は、一族内の家ごとに、長男が通常であった。
□鎌倉時代の庶子は、惣領の指揮にしたがって幕府の御家人役を勤めた。
□家は嫡子である【惣領】によって指揮・統率され、惣領は兄弟や庶子をまとめ、一族や周辺の武士団と婚姻関係でつながりを保ち、勢力の維持・拡大を図った。
武士の生活 リカバリーシート
【館】をかまえ、周囲には堀や溝を張り巡らす 年貢・公事のかからない直営地を持つ➡【佃】【門田】 |
武士の荘園戦略
守護の権限、地頭の荘園侵略は中世の政治史・社会経済史のかなめである。
武士の荘園戦略 平11-追 正誤問題
武士と荘園領主に関して述べた文として誤っているものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
①地頭の所領は東国に限定されていたため、地頭と荘園領主の紛争が西国の荘園で起こることはなかった。
②地頭と荘園領主の紛争を解決するために、荘園の土地を分割する下地中分が行われることもあった。③荘園領主のなかには、地頭請けによって一定額の収入を確保しようとするものもいた。
④百姓が地頭の非法を訴えた文書を、荘園領主に提出することもあった。
正解➡①東国に限定されない。
中世の荘園 平13-本
耕地を名に編成して公事や年貢の賦課単位とし、名主が納税の責任を負う方式について述べた文として正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
① 水はけの悪い湿田は佃と呼ばれ、その多くは弱小農民の自作地であった。
② 加徴米とは、公領に賦課された税の総称である。
③ 鎌倉時代には、荘園領主への年貢を、現物の代わりに貨幣で納める銭納も行われた。
④ 名主のほとんどは、南北朝の動乱にまきこまれて没落した。
正解➡佃は荘園領主や荘官・地頭が直接経営する田畑、土地の特徴ではない。②加徴米とは、公領に賦課された税の総称である。名主の中には地侍になるもの、小作人・下人から名主の上昇する者もあった。正解は③
地頭の悪政 2003-本
地頭の悪政について述べた文として正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
① 弾正台は、地頭の悪政を取り締まるため、朝廷が設置したものである。
② 尾張国郡司百姓等解(文)は、地頭の悪政を列挙して、その罷免を求めたものである。
③ 二条河原落書は、地頭の悪政を鎌倉幕府に訴えたものである。
④ 紀伊国阿氏河荘民の訴状は、地頭の悪政を荘園領主に訴えたものである。
正解➡④「阿テ河ノ上村百姓ラツヽシテ言上・・ヲンサイモク(御材木)ノコト。アルイワチトウ(地頭)ノキヤウシヤウ(京上)、アルイワチカフ(近夫)トマウシ(申し)、・・・」
これで、阿テ河荘民の訴状であり、鎌倉時代の地頭のことを記したものだと分かれば可。強いて言えば「なぜチトウ(地頭)はキヤウシヤウ(京上)するのか」という問題があった。もちろん、京都大番役を勤めるためである。なお、これは紀伊国の阿テ河荘民が地頭の湯浅氏の非法を荘園領主の高野山へ訴えたものである。