永仁の徳政令 平13-本
永仁の徳政令に関連して述べた文として正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
① この法が出されたのは、幕府が得宗専制政治を行っていた時期である。
② この法の目的は、売却された御家人領を有償で買い戻させることにあった
③ 御家人の所領相続形態は、この法を契機にして、次第に単独相続から分割相続へと移行していった。
④ 徳政令と民衆とのかかわりは室町時代に強まり、足利義満が将軍職を退いた直後に正長の土一揆が起こった。
正解➡北条貞時のとき永仁の徳政令が出されたので①が正しい。②は無償、③は逆、④義持の死後、正長の土一揆が起こったので×。
元寇 平14-本
元寇に関連して述べた文として正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
① 日蓮は『興禅護国論』を書いて国難到来を予言したが、秩序を乱すとして弾圧を受けた。
② 『蒙古襲来絵詞』には、元軍に立ち向かう騎馬武者の姿が描かれている。
③ 執権北条時頼は、博多湾を襲った元軍を撃退することに成功した。
④ 元寇以後、日中間の交易は幕府滅亡に至るまで行われなかった。
正解➡②猫問
【中世04】(2000年・追・改) 年代順配列
1.再度の蒙古襲来に備え幕府が防衛態勢を固めていたころ,阿仏尼は訴訟のため鎌倉に赴いた。
2.諸国を遍歴した西行は奥州藤原氏のもとに赴く途中に鎌倉に立ち寄り,源頼朝と会見した。
3.律宗の僧叡尊は北条時頼に招かれて鎌倉に赴き,律宗を広めた。
答➡2-3-1
蒙古襲来について 2008年-追 年代順配列
1.朝鮮半島で,元の支配に抵抗した三別抄が鎮圧された。 1271
2.元は日本に二度目の軍勢を派遣した。 1281
3.中国大陸南部を支配していた南宋が滅亡した。1279
答2-3-1
清盛以来南宋と貿易、フビライは日本に対し朝貢を要求➡時宗拒否
★三別抄の乱
北条時宗
元は高麗軍を従えて来襲
★南宋滅亡
文永・弘安の役、蒙古襲来の名称は意外に大事。元の集団戦法に対して日本は一騎打ちだったことは、恩賞目当てだったことが背景にある。論述ではここが重要。つまり御家人が恩賞目当てに戦ったが、貰う土地がなかったのが蒙古襲来なのだ。