日露戦争後の大陸情勢と大陸進出
●満州進出
1905関東州設置➡旅順・大連とその付属地域 1906【関東都督府】設置➡関東州の統治 1906【南満州鉄道株式会社(満鉄)】設立➡半官半民の国策会社、初代総裁後藤新平 |
【河合塾予想2013-4】 年代順に古いものから年代順に並びかえよ。
Ⅰ 韓国政府は日本政府の推薦する日本人一名を財務顧問として韓国政府に傭聘し、財務に関する事項は総て其意見を詢ひ施行すべし。
Ⅱ 韓国皇帝閣下は韓国全部に関する一切の統治権を完全且永久に日本国皇帝陛下に譲与す。
Ⅲ 日本国政府は、某代表者として韓国皇帝陛下の問
答➡
●韓国併合 ✍日露戦争勃発から韓国併合までの流れを確実におさえる。2002,2003出題
1904 |
日韓議定書…日露戦争での便宜をはかる |
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1904 |
【第1次日韓協約】…日本政府の推薦者韓国政府の財政・外交顧問に任用 |
➜韓国保護国化へ |
1905 |
【桂・タフト協定】(アメリカ)➾韓国保護国化を認めさせる 【第2次日英同盟】(イギリス)➾日露戦争での日本優位の戦況が列国との調整で生きた。 ロシアは日本の韓国への指導権を承認(ポーツマス条約) 【 第2次日韓協約 】…日本が韓国の外交権を奪う 漢城に【 統監府 】設置(初代統監: 伊藤博文 ) |
➜韓国は日本の保護国 |
1907 |
✖【 ハーグ密使事件 】 ➾韓国皇帝が万国平和会議に密使を派遣して抗議 列強は無視 【 第3次日韓協約 】 ➾韓国の内政権を奪い、軍隊解散 |
➜ 義兵運動激化 |
1909 |
✖【 伊藤博文 】暗殺➾ハルビンで安重根により |
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1910 |
【 韓国併合条約 】 ➡日本側全権【 寺内正毅 】【 李完用 】(韓国) ➡【 朝鮮総督府 】をおく 初代総督:【 寺内正毅 】 |
➜ 韓国を植民地化 ✍統監府と朝鮮総督府、どちらがいつ設けられたのか、この区別は頻出! |
韓国併合後の朝鮮支配 1908 【 東洋拓殖会社 】…国策会社、朝鮮の土地支配が目的 1910 土地調査事業…朝鮮農民から土地を奪う |
【近代】2003-追
次の年表のⅠとⅡの時期の対外関係や国内政治に関して述べた文として誤っているものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
① Ⅰの時期には、来日中のロシア皇太子が、滋賀県大津で警備中の巡査に斬りつけられる事件が起こった。
② Ⅰの時期には、民党が初期議会で政府と対立した。
③ Ⅱの時期には、日本公使の指示によって朝鮮国の王妃を殺害する事件が起こった。
④ Ⅱの時期には、日本政府は、第3次日韓協約を締結し、韓国軍隊を解散させた。
答➡正解3
●日露戦争後の国際情勢
アメリカ |
満鉄をめぐって関係悪化➡アメリカは中国の門戸開放を主張 1905桂・ハリマン協定…満鉄の共同経営➡日本は拒否 1906【 日本人移民排斥 】運動 1909 満鉄の中立化案 |
ロシア |
1907~16 満蒙権益擁護のため、1~4次にわたる【 日露協約 】締結 第2次➡アメリカの満鉄中立化の阻止 第3次➡辛亥革命に対抗 第4次➡第1次世界大戦勃発により軍事同盟化 |
イギリス |
日本との関係冷却、第3次日英同盟でアメリカを適用除外 |
中国 |
1911【 辛亥革命 】➡孫文が中心、清朝崩壊➡中華民国成立 |